● Lonely Stranger・・・・
気が付けば、もう六月。長かった実施設計も終わり、ホッとはしている・・・。少々、体力的に衰えてきたのか?、なんだかここ二三日頭痛がなおらん・・・(x_x)、、などとツラツラ思う今日この頃です。
モノ創りとりしては、逆に歳重ねればば、重ねただけ世の中のことがよく見えるようになる、ってモンです。一方では、よく見えるようになった「世の中」を言い訳にして、逃げるのも「年の功」ってヤツ。「年の功」振りかざして、楽するようになっちゃあ、お終いだ。自分では「年の功」振りかざさず、いつまでも前線で孤独に闘うモノ創りでありたい、と思う。
モノ創りっていうのは、所詮は個人的で、孤独な作業だと思う。だから、ウチの事務所ではBOSSの私にしろ、スタッフの担当者にしろ、創作作業は独りで考え抜くことが大切だと思う。自分には「みんなで、一緒に考えました!」っていう創り方はキライである。
'Cause I'm a lonely stranger here,
Well beyond my day.
And I don't know what's goin' on,
So I'll be on my way.
(勝手に直訳解釈すれば)
だから、ここでは自分は孤独な他所者
でも、そんな自分を乗り越えていく。
自分でもこの先どうなるのかかわからない
我が道を進もう・・・
思えば、30代の端っから独立して、かれこれ17年余り・・・30の頃、まだまだ見えていなかった世の中の事象や原理。当時、自分はどう振る舞ったらよいのか分かっちゃいないのに、分かったふりしてみたり、気持ちだけ意気がったり・・・。若い頃、世の中の色んな有名建築やインダストリアルデザイン眺めても、そこに込められた作者の思いや経済背景・社会背景なんか、分かったふりするのが精一杯だったような気がする。
自分も家庭をもち、地域に根ざして生活していると、様々なご近所関係やご親戚関係、世間のしがらみ垣間みて泣いたり笑ったり、学校や役所、国の施政が身近なこととして、感心したり(教育・施政で感心したことは・・・は殆どないか)、憤ったり(こちらの方が多い!)する。そうした、日々日常雑多な生活経験が、建築創っていく上で役にたっているような気がする。いささか建築デザインとは関係ないような、世間のしがらみ事象でも「建築が純粋芸術」でないかぎり、そのことがデザインしていく上で切っても切り離せないのが「建築」である、とも思う。
コメント
isozaki さま
ご無沙汰しております。早速拝見させていただきました。大変、親近感・好感のもてて、goodな出来かと思いますが・・・。特に、秋の剣岳、八峰の写真、感動しました。
実は、私、剣の池の平、秋の紅葉には、高校時代から、ず〜っと憧れていれど、一度もいけずじまい、私が死ぬまでには、是非一度拝み倒したい「紅葉した池の平・仙人池からの八峰」と思っています。若かりし頃、夏のクソ暑い季節には、チンネや八峰六峰登った頃が懐かしいです。
Posted by: BOSS | 2006年07月22日 12:42
ご無沙汰しています。
何とかHPを作成しましたが、UPしてみると、所々に病んだ部分があり、傷心しております。何故だろう??BOSSとの違いを感ずる今日この頃です。
Posted by: isozaki | 2006年07月22日 11:45